過労自死事件の労災申請までの流れ
自死の原因として、パワハラやノルマ、長時間労働など仕事が原因である可能性が高い場合、まず最初に検討すべきは労災申請です。そして、労災の認定を受けるためには、精神疾患を発病していたこと、発病の原因が業務であることを裏付ける資料を提出する必要があります。
1 遺族自身による調査
労働事件の場合、職場環境に関する情報の多くは会社が保管しており、遺族の手元にある資料は限られています。もっとも、遺書、携帯のメールやLINEの履歴、元同僚からの情報など、遺族の手元にある情報が真相解明のための重要な資料となることも少なくありません。
遺品について
私たちは遺品を重視しています。裁判で行き詰ったときに改めて遺品を探しなおした結果、重要な資料が出てくることも少なくありません。
多数の遺品の中から何を選択し証拠提出するかの判断は、専門家のアドバイスが必要です。例えば、遺書は弁護士が調査の方針を検討する資料としては重要ですが、きわめて主観的な資料であるため業務起因性を証明する証拠として用いるは誤りです。
遺品等は、以下の3つのグループに分けて整理していくのが良いでしょう。
①雇用契約に関する基礎的な情報が書かれた資料:雇用契約書や給与明細、就業規則など
②業務上のストレスに関する資料:携帯やパソコンなど電子的資料、手帳や業務で作成したノートなど紙の資料、ノルマや労働時間に関する同僚や部下の証言。
③精神疾患の発病に関する資料:医療機関の診察券、医療機関から取り寄せたカルテ、異常な行動等に関する同僚や部下の証言。
会社貸与のパソコン、携帯について
近時はリモートワークのために会社からパソコンや携帯が貸与されていることがあります。所有権が会社にある以上最終的には会社に返還すべきではありますが、後述するようにパソコンには残業時間を証明する重要な情報が残っている可能性がありますので、会社に返す前に弁護士に相談することをお勧めします。
2 弁護士に相談するまで
労災申請のために不足している資料は何か、それをどのようにして集めるかについては専門家に相談する必要があります。
弁護士に相談する際には、同種事件の経験件数が一つの目安になります。病院のランク付けで手術件数が一つの指標となるのと同様、同種事件の経験が多ければ多いほど、初動の段階から事件の見通しを明確に立てることができ、臨機応変な対応が可能となります。少なくとも後述する証拠保全手続の経験がある弁護士に依頼すべきでしょう。
複数の弁護士への相談
最終的に依頼する前に複数の弁護士に相談して意見を聞いてみるのもお勧めです。弁護士によって重視するポイントが違うことも多いので、相談結果を比較しながら最終的に依頼する弁護士を決めるのも良いでしょう。
3 弁護士と一緒に労災申請に必要な資料を集める
相談を受けた弁護士は、労災認定に必要な証拠がどの程度集まっているかという観点から検討を開始します。
労災認定のためには、
①業務起因性(業務上の負荷が原因で発病したこと)
②発病(精神疾患の発症)
③業務以外に発病の原因となるような心理的負荷を生じさせる出来事が存在しないこと
が必要となります。これら裏付ける資料が十分揃っているかを検討します。 私の経験上、初回の相談でこれらの資料が全て揃っていることは非常に珍しく、弁護士と一緒に資料集めを行うことになります。
弁護士による資料収集
①業務起因性
労働時間に関しては、携帯の移動履歴、会社支給のノートパソコンの起動履歴などが考えられます。パワハラに関しては、録音データ、メールの履歴などが考えられます。いずれにせよ、重要な資料は会社が保管していることも多いので、後述する証拠保全手続を用いて証拠を集めることも検討すべきです。
②精神疾患の発病
精神科・心療内科に通院しているのであればカルテの取り寄せは必須です。病名ももちろん重要ですが、いつからどのような症状があったのかが特に大切です。パワハラや長時間労働があったとしても、それより前に発病していた可能性がある場合には発病との因果関係が原則否定されるため、発病時期は丁寧にチェックする必要があります。
③仕事以外のストレス
家族の重病や離婚など、仕事以外に発病の原因となるようなストレスが存在しなかったかも確認します。
4 裁判所を通じて労災申請に必要な資料を集める
労災申請に必要な資料の多くが会社にある場合、資料を提供するよう会社に要求することが必要となります。
会社がこれを拒否した場合には、裁判所を通じて証拠保全手続を行います。
証拠保全手続
この手続きでは、裁判所と弁護士が実際に職場に行って、労働時間やノルマ、パワハラなどの証拠を裁判前に保全することができます。タイムカードやパソコンやサーバー、メールの履歴などを確認します。
5 労基署に提出する書面を作成する
労災申請に必要な資料を可能な限り集め終えたら、労基署に提出する書面の準備を開始します。
労災申請書
労災申請書は厚労省のHPからダウンロードできます。昔に比べて記載内容が簡略化されてはいますが、経験の無い人が必要事項を全て記入するのはかなり大変です。また、申請書には給与額の証明など会社が記載すべき欄もあるので、会社にも記載について協力を求める必要があります。なお、会社が記載を拒否する場合には、その旨資料をつけて提出すれば申請自体は受理してもらえます。
労災意見書
弁護士は集めた資料をもとに労災意見書を作成します。証拠保全を行った場合には既に膨大な量のデータが集まっていることも少なくありません。これらを分析して過去6か月の労働時間を1日ごとに割り出したり、死亡直前の仕事量の変化を分析したり、ハラスメントの有無を検証し、業務起因性の存在を論証します。また、同僚の証言やカルテの記載をもとに精神疾患の発病や時期を論証します。
6 労災申請を行う
ここまで準備が終われば、労働基準監督署に労災申請書や意見書を提出し、あとは労基署による調査の段階に移ります。過労自死事件の標準処理期間は8か月程度とされています。
労災申請後に必要な作業
申請後も、申立書という書面を作成したり、遺族に対する労基署の聴き取りに応じたり、いくつかやるべきことがあります。これらの対応をしながら、結果を待ちます。
7 支給決定
①業務起因性、②発病、③仕事以外に発病の原因となるようなストレスが存在しなかったことの要件を満たせば、労災の支給決定が行われます。労災の補償額は自死による損害の一部とされているので、損害の全部について補償を求めるのであれば、今度は会社に対して損害賠償を行うこととなります。損害賠償については、次回の記事で説明したいと思います。
支給理由の確認は重要
支給決定の通知は遺族に郵送で送られてくるので、通知が届いたら弁護士は労基署の担当者に連絡し、支給の理由を確認することが必要です。また、個人情報開示請求を行い、労基署の調査の詳細を確認することも重要です。
8 不支給決定が出てしまった場合
まずは弁護士から労基署の担当者に電話し、不支給の理由を確認する必要があります。そのうえで、個人情報開示請求も行う必要があります。資料を確認したうえで、調査が不十分であれば不支給決定から3か月以内に審査請求を行う必要があります。
審査請求でも結果が変わらない場合には2カ月以内再審査請求、それでも結果が変わらない場合には行政訴訟を行います。
行政訴訟で逆転勝訴する可能性は?
労基署の労災認定実務は、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和2年8月21日基発0821第4号)に基づいて行われますが、この認定基準は、審査の迅速化や効率化という行政目的を達成するために策定された行政内部における運用基準に過ぎません。そのため、裁判所の判断は必ずしも認定基準に拘束されるものではありません。
私自身も行政訴訟まで行って勝訴した経験もあるので、不支給の理由によっては行政訴訟を検討した方が良い場合もあります。