弁護士にできること 過労による自死

過労自死事件の損害賠償請求の流れ

身近な人の自死が労災として認定された場合、さらに会社に対する責任追及 (損害賠償請求)を検討する必要があります。この場合、会社の過失を主張・立 証する必要があります。そのため、労災申請とは別の角度からの資料収集を行い ます。労災申請の段階では資料収集が重要でしたが、企業補償の段階では法律論 が重要となります。

1 法律構成

会社に対する損害賠償請求を行う場合、法律構成としては不法行為責任(民法715条)、もしくは債務不履行責任(民法415条)のいずれかを採用することになります。いずれの場合も、①会社(具体的には亡くなった方の上司など)が亡くなった方の健康状態悪化を予見することができたこと(予見可能性)、②会社として死亡の結果を回避するために十分な対応を尽くさなかったこと(結果回避義務違反)を遺族側が主張・立証する必要があります。

2 資料収集

予見可能性、結果回避可能性ともに、通常は労災申請の段階で収集した資料で足ります。ただし、労働基準監督署が調査した内容については、損害賠償請求前に個人情報開示請求を行い、認定された事実と根拠資料を確認しておくことが必要です。

3 会社との交渉

会社が労災認定されたことを認識していないことがあるので、訴訟を提起する前に労災認定された事実を伝え、損害賠償に応じる意思があるかを確認します。会社が労働者に保険をかけている場合などは、裁判に至ることなく賠償に応じることもあります。また、訴訟の場合は判決で謝罪などを強制することは困難ですが、交渉の場合は遺族の心情に応じた柔軟な対応が可能なこともあります。

4 訴状準備

会社が交渉に応じない場合には、損害賠償請求訴訟の準備に入ります。

労基署が認定した発病時期や労働時間、パワハラの事実をそのまま使うのであれば認定根拠となった証拠を準備し、会社の反論に耐えうるかを再チェックします。

さらに、予見可能性の主体や時期の特定、会社が負うべき結果回避義務の具体的内容も検討します。

これらを踏まえて訴状を作成します。訴状準備段階以降は非常に専門性が高い内容が多くなってくるので、弁護士に相談した方が良いでしょう。

損益相殺
既に支払われた保険給付の額は、使用者がなす損害賠償から控除されます(労基法84条2項)。
ただし、損益相殺は逸失利益についてのみ認められるものとされており、慰謝料等の補償には影響を与えません(最二小判昭62.7.10 ・労判507号6頁)。
労災保険給付のうち、特別支給金(労災保険法23条)については損益相殺の対象とはなりません(最二小判平8.8.23・労判695号13頁)。
また、労災保険給付の将来支給分についても、損益相殺の対象とはなりません(最三小判昭52.10.25・民集31巻6号836頁、最大判平5.3.24・民集47巻4号3039頁)。

履行猶予の抗弁
会社が、訴訟において履行猶予の抗弁を主張することがあります。労災保険法は、使用者について障害補償年金または遺族補償年金の「前払一時金」(給付基礎日額の1000日分の補償)の最高限度額の範囲については、損害賠償の支払を猶予され、この猶予の間に前払一時金又は年金が現実に支払われたときは、その給付額の限度で損害賠償責任を免除されると規定しています(労災保険法附則64条)。
もっとも、既払いの遺族補償年金を損益相殺の対象とした場合、履行猶予の抗弁額(給付基礎日額の1000日分)からは既払いの遺族補償年金額を控除されることになります(福岡地判平成19年10月24日・労判956号44頁)。そのため、履行猶予の抗弁が認められたとしても損害額が大幅に削られる結果になるとは限りません。

5 提訴

訴状を裁判所に提出します。
会社(被告)から、遺族(原告)の主張に対する反論が提出され、さらに再反論、という形で月1回程度のペースで裁判が進みます。1年~1年半程度で双方の主張が尽き、尋問を経て判決となります。審理の途中で和解期日が設けられることも多く、早期解決やリスク回避の利点もあることから和解で解決する事案も少なくありません。

会社の過失・安全配慮義務違反は認められたものの、大幅に過失相殺されてしまった場合、そもそも過失・安全配慮義務違反が否定されてしまった場合などは、高裁への控訴、最高裁への上告が考えられます。 この場合、こちらの主張が認められなかった理由を検討し、法律構成を修正したり、新たな証拠を追加提出することを検討する必要があります。